ハンガリーの国民的サプリメント ベーレシュ・チェップ

ベーレシュ博士について

苦学、そして、偏見との闘い 人々の健康のために生涯を捧げたベーレシュ・ヨージェフの一生

ベーレシュ・ヨージェフ(1920.2.7ザーホニ生まれ-2006.3.26 ブダペスト没)は、セーチェニ賞を受賞した研究者であり、ベーレシュ・チェップの生みの親である。
ザーホニで製材工場の作業員として働いていたヨージェフは1938年から1940年の間にケチケメートにあるドゥナティサ地方農業会議所園芸師専門学校で園芸学を学び始める。その後、1941年に徴兵されるが、その間もコシツェ(現スロバキア)にあるラーコーツィ・フェレンツ二世プレモントレイ修道会高校で通信教育を受けた。
1943年には前線で戦ったためにヨージェフの勉学は進まず、1945年に前線から退いたときには戦争の負傷により左腕と左肩は麻痺状態となっていた。1947年まで療養し、園芸によって生計を立てる日々を送る。1947年に教師であったパップ・カタリンと結婚。1948年にはニーレジハーザのコシュートラヨシュ福音主義高校を28歳で卒業。1948年から1950年の間は、ザーホニで生活協同組合長を務め、ニールマダで建築業に携わった。
1954年から1963年の間、キシュヴァーラドの国立農業工具ステーション研究室を率いる。その間の1961年には農業学を学ぶためグドュルーの農業大学に入学し、1965年に農業技師として卒業した。1964年から1989年にはニールシェーグの農業試験場で専門顧問として働いた。彼の探究心は幅広いもので、1955年から1972年の間にマルチング方法、分析学、遺伝学、地図設計、経営学、病態生理学、環境保護、ケミゲーション、栄養管理を学んだ。
1968年には一般生理学、農・生化学の博士号を取得し、1973年から1976年にキシュヴァーラドの病院研究室で兼業している。
1972年、後にベーレシュ・チェップという名で広く知られるようになる微量元素を複合した健康製品を発明する。しかしこの製品を世に広めるのには大変な苦労があった。薬を求める人は多くいたが、この製品を提供したら、警察に投獄される可能性があった。毀誉褒貶の狭間でヨージェフは闘った。1975年、ベーレシュ・チェップに対する非難で起訴されたが、1976年には特許権を申請した。その後1978年からはベーレシュ・チェップが薬効のある製品として市場に出回る許可を得ることに成功し、2000年には公式に薬として認められた。ベーレシュ・チェップが免疫力を高め、がん患者の治療に効果的であることが認められたのである。
1987年には、ハンガリーの代表的映画監督であるコーシャ・フェレンツ監督が、ベーレシュ・チェップがいかに人々の健康に寄与したかをを描いたドキュメンタリー映画によってヨージェフは世に紹介された。
1989年にはベーレシュ株式会社を設立。その後“満足した人生のために”をスローガンとした慈悲団体を設立。2000年にハンガリー薬学協会によりベーレシュ・チェップが薬として正式に認められた。2006年3月26日に短い闘病生活のあと、ブダペストで亡くなった。
~主な表彰~
1997 ハンガリー共和国十字勲章
社会レベルで健康保持を認識させた成果を称して。
1998 ザーホニ名誉市民
2000 ハンガリー遺産賞
人々の健康のための努力を称して。
2000 キシュヴァールダ名誉市民
2001 大学名誉助手
2002 生地の高校に彼の名前が付けられる
2002 大統領による功績メダル
   学問的才能と確固たる意志によってもたらされた成果を称して
2002 セーチェニ賞(
ハンガリーにおける最高の賞)
2007 Pro Comitatu賞 
   サボルチ・サトマール・ベレグ県の発展に貢献し、繁栄につながる行動をしたこと   
に対して与えられた死後勲章

ハンガリー医学史上の偉人ベーレシュ・ヨージェフ 新聞記事より

“私は決して他人の人生を見放したくなかったし、見放したくないし、そして見放すことなどできない。これこそが私の仕事だ。”

ベーレシュ・チェップ生みの親への表彰
医学史博物館で、ベーレシュ・ヨージェフ像のベーレシュ・ヨージェフ像の除幕式が行なわれた。
以下の文は精力的に動いた彼の人生について記事にしたものである。

~ハンガリー医学歴史上偉大な人となったベーレシュ・ヨージェフ~
ベーレシュ・ヨージェフ博士はとても精力的に活動したが、その間にも周囲の不理解や嫉妬、同業者からの嫉みに幾度となく悩まされた。しかし、彼は“人々の人生を守る”ということを自らの任務とし、挫折することはなかった。彼の発明したベーレシュ・チェップにより、何人もの人が健康を取り戻したのである。
2月初頭、Semmelweis医療歴史博物館にベーレシュ・チェップの生みの親であるベーレシュ・ヨージェフ博士の銅像がハンガリーの医学歴史上名を残す人々の間に建てられた。銅像の除幕式では、博士の旧友であるブーザ・バルナ銅像作家の作った銅像を、医療歴史博物館名誉館長カプロンツィ・カーロイ博士が除幕した。館長は式辞で次のように述べた。:2年前に亡くなられたベーレシュ・ヨージェフ博士は、生前から彼の学問の功績、才能、利他的な支援意識、熱心な活動によってハンガリー、そして世界において尊敬され、評価されてきたが、この銅像によって博士の記憶が私たちの中で残り続けることは、とても喜ばしいことです。

~息子がリレーを繋いだ~
除幕式には彼の息子であり、また現ベーレシュ製薬会社社長であるベーレシュ・ヨージェフ博士も参加し、次のようにベーレシュ・チェップの生みの親に敬意を表した。
「私の父は1972年にそれまでの長く、一貫した学問の成果として後に父の名前が付けられる一滴を発明しました。その一滴は父の信念通り、多くの人々の治療や健康回復に役立ちました。ベーレシュ・チェップを作った父の学成果は1960-70年代にはかなり先を行っていて、その新しい情報は当時の公の学問には受け入れられず、行動が妨げられました。しかし、時間の経緯とともに、父の仕事が認められ、その製品はよく知られる薬となりました。そして2002年、ベーレシュ・チェップの誕生30周年には、人々の健康維持に貢献した実績と、ハンガリーにおける最も輝かしい学問的評価を示すセーチェニ賞を受賞しました。今回のこの銅像は、父の人生で最も新しい価値ある表彰です。」

 

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